皆様,はじめまして。安田内科診療所長の安田貢(やすだみつぎ)と申します。医師人生の後半を開業医となって頑張ろうと決意し,国分寺南部(福家)でクリニックを開業しています。合言葉は「健康寿命を延ばす」です。トレードマークのハナコのように,いつもニコニコしていられる人生を皆様がお過ごしできるよう,微力ながら尽力したいと思っています。ここでは小生の徳島大学時代から最初の出向先であった香川県成人病センターについて簡単ですがお話ししたいと思います。
小生は徳島大学医学部を卒業しますと,すぐに同大学の第二内科に入局しました。大学には第一内科,第二内科,第三内科があり,それぞれ専門とする分野が異なっていました。小生の所属する第二内科は,当時は循環器科の教授(森博愛先生)であり,指導医も循環器の先生(井内新先生)でした。井内先生のもとで高血圧・心臓弁膜症・不整脈等の患者様の診療に携わり,心臓の超音波検査も習いました。心電図も学生の頃から徹底的に教え込まれた記憶があります。ただ当時は,循環器内科であっても内科系の疾患全般を診療しており,第二内科はそのなかでも,とくに胃・腸・肝臓・胆嚢・膵臓などの消化器系,そして糖尿病,脂質異常などの代謝系が得意でした。今から思えば,これらの疾患を有する患者さんはとても多く,しかも主な生活習慣病が網羅されていると思います。これらは以後の小生の診療方向に大きく影響したのではないかと感じています。
医師2年目を迎えたとき,大学から外の病院に出向することになりました。どこに行かされるのか?と思っていましたが,当時の医局長は、なんとクジを引かせました。今でもよく覚えていますが,行先は高松,高知,徳島の病院が残っていました。まだ決定していない同学年の医師は小生を含めて3人。クジの結果はなんと高松。香川県成人病センターでした。小生は一人っ子であり,両親のいる高松に7年ぶりに戻って来られることに安心しました。そして、香川県成人病センターを引き当てたことで,予防医学を重んじる消化器内科医としての小生の医師人生が決定しました。
さて,香川県成人病センターは,消化器がん,主に胃がんを早期発見する使命の下,昭和42年5月1日に開設されました。当時は全国的に胃がん検診が普及し始めた頃であり,香川でも県民の命を守るための検診施設が必要だということで,県厚生部予防課が構想し、設立の運びとなったようです。

初代所長には,徳島大学第二内科消化器グループの故竹内義員(たけうちよしかず)先生が要請を受け就任しています。当初は,医師ほか2名(坂下先生と綾田先生),看護婦2名,放射線技師2名,臨床検査技師2名,事務2名,臨時職員2名の比較的小規模のスタートだったようです。センターに入院患者用の病棟はありませんでしたが,当時の香川県立中央病院の副院長(京都大学の松原先生)の協力によって,中央病院内に新たに胃腸科を設け,専用の病床が確保されました。センターの医師は,県立中央病院との兼務となり(この兼務制度はセンター廃止まで続きました),自分たちで診断した患者さんを中央病院に入院してもらって,自ら治療を施すことができるようになったのです。
香川県成人病センターは長きにわたり,多くの胃がん,胃十二指腸潰瘍などをX線検査(バリウム)や内視鏡検査で発見し,県民の健康維持に貢献しました。

(県保健衛生センターの3,4階)
もちろん救えなかった命もあります。しかし10年,20年と経過していくうちに,検診技術は確実に進歩し,医療機器も発展したため,より多くの早期胃がんが見つかるようになりました。その業績は全国的にも評価され,専門学会が香川でもたびたび開催されるほどになりました。
当時の香川県立中央病院は京都大学の先生が中心でしたが,その隣の香川県成人病センターは徳島大学の先生方で構成されていました。毎年、徳島大学から若手のフレッシュな先生がセンターに着任し,竹内先生直伝の胃がん診断技術を習得していきました。そして小生が初めてこのセンターに勤務させてもらったのが,医師2年目の平成元年4月だったのです。成人病センターは保健衛生センターという建物のなかにありましたが(3・4階のフロア),このときはすでに築22年であり,重厚な貫禄をもって迎えてくれました。保健衛生センターは昭和42年の建設ですので,成人病センター開設にあわせて建てられたということになります。このとき同時に県の医師会も8・9階のフロアに入ったとのことです。
大学時代は指導医が循環器医であったため,どちらかといえば心電図や心臓超音波検査等,心臓関連の検査室に入り浸っていました。ところが2年目に香川県成人病センターという消化器専門施設に出向ということになり,新たな気持ちで胃X線検査(いわゆるバリウム検査)の成書を数冊買いこんで読破した記憶があります。大学時代に消化器の諸先輩から,成人病センターでは「まず胃のX線検査をマスターしなければならない」ということを聞いていたのです。現在では胃がん検診方法の主流は内視鏡(胃カメラ)ですが,当時の王道はX線でしたので,なんとかこれを会得しようと同僚と競い合ったものです。胃X線の撮影は,通常は放射線技師さんの仕事です。しかし,当時の成人病センターでは医師が実施していました。小生ら若手の医師は先輩医師や技師さんに手ほどきを受けながら,来る日も来る日も撮影室で悪戦苦闘したことを覚えています。結局,約1年間,胃X線検査に従事しました。このような経験は他施設では得られるものではなく,消化管を専門とする小生の貴重な財産になりました。
香川県成人病センターには2年半在籍し,胃内視鏡検査についても鳥巣隆資先生を中心に多くの先生方から教わりました。その後,小生は愛媛の病院に転勤になりますが,約6年後に再び成人病センターに戻ってくることになります。そこから約16年在籍しました。成人病センターは平成2年に「香川県立がん検診センター」として郷東町で生まれ変わりますが,やはりとてつもない大きな財産を残してくれていました。また機会があればそのあたりのことについてご紹介できればと思います。